Time Passenger     〜時空を超えた愛〜


 
 






事の発端は、ほんの些細なことだった。


遠方での任務を終え、久しぶりにホームへ帰ったアレンは、
一番会いたいと思っている相手……神田の元へと急いでいた。


しばらく続いたAKUMA退治のせいで、もう長いこと神田に会っていない。
どんなに互いに想い会っていても、任務が入ればそちらを優先する。
それが悲しいエクソシストの宿命だ。
だから任務が入っていない時ぐらい、愛しい恋人と少しでも一緒に居たいと思うのは、
ある意味当然のことともいえるだろう。


任務の報告を兼ねてコムイの元を訪れると、速攻で神田の居場所を尋ねる。
するとコムイは不服そうに、さっきまで他の皆は談話室にいたと教えてくれた。



「まったくさぁ〜僕は忙しくて食事も睡眠もろくにしていないっていうのに、
 皆は楽しそうに談話室でおしゃべりしてるんだよ?
 アレンくんは僕の相手をしてくれかなぁ〜と期待してたのに、
 君まで皆の所へいっちゃうのかい?さみしいぃなぁ……」



そう涙目で訴えられるも、今までコムイの話を聞いてろくな目に会ったことはない。
つい仏心を出したばかりに山のような書類生理を押し付けられたり、
掃除ロボのかわりに部屋の掃除を言いつけられたり、
得体の知れない試験薬のモルモットにされかけたことすらある。


別の理由で断っても何かしらの被害にあうことは目に見えているので、
ここは手っ取り早く空腹を理由に食堂へと逃げ込む事にした。



「僕は腹ぺこで死にそうなんですよっ! なんで、とりあえず食事をしてきますね?」



そう笑顔で言って足早に部屋を逃げ出す。
本当に空腹だったので、彼の腹の虫はけたたましい音を出していた。
そのすさまじい音を聞いて、さずがのコムイもアレンを解放した。



「うわぁ〜アブナイ、アブナイ、もう少しでまた捕まるところだったよぉ〜」



アレンは盛大な溜息をつき、神田が居るという談話室を目指した。
そして談話室に着くと、部屋のドアを勢い良く開け放ち、中を見回す。


だが、残念ながら意中の人物の姿はそこにはない。



「……もぅ…会いたい時に限って、すぐに見つからないんだよね」



とぼとぼと、アレンは仕方なく神田の部屋へと向かう。



「神田は相変わらず談話室みたいな人の集まる所には、長居できないんだなぁ〜」



そう文句じみた台詞を吐きながらも、顔は自然と緩んでくる。
アレンにとっては、神田が談話室のような場所で不特定多数の人といるよりは、
部屋で自分とだけ居てくれる方が都合良い。
その方が人目を気にせず、思い切り好きな人に甘えられるからだ。


神田に会ったら何を話そう。
まずはただいまの挨拶をして、それから傍に擦りよって、思い切り抱きしめてもらおう。
ついつい、そんな甘えたことを考えてしまう。









神田の部屋の前に着き、中に入ろうとノックをしようとしたその時、
部屋の中から、何やら聞き覚えのある声が聞こえてくる。



 ――― あれ? ……ラビ?



そう、その声はいつも能天気な仲間、ラビのものだった。
だが、普段ならお気楽な会話を繰り広げているはずの彼の声が、今日はいつになく神妙だ。
アレンは、つい入りがたい雰囲気を感じて部屋の前で立ち尽くすと、
ついつい部屋の前で、二人の会話を盗み聞きしてしまう形になった。



「ふぅん……それで、ユウは不機嫌なわけさぁ?」
「うるせぇっ!」
「だからって喧嘩しちゃマズイわさ。いくら相手がアレンのこと悪く言ってたとしてもさぁ……」
「あいつ等、モヤシのこと良く知りもしねぇで勝手なこといいやがる!
 呪われた目の何処が悪ぃ! そのお陰で、てめぇらが助かってるのがわからねぇのか!
 おまけに、アイツが敵の回し者だ? 
 アイツの力を借りて方舟を動かしといて何抜かしてやがるっ!」
「で、頭にきて六幻を突きつけて、『お前らに奴の何がわかる!』ですかぁ。
 う〜ん、ユウちゃんカッコいいっ!」



ラビにからかい半分に言われて、神田は凄い形相でラビを睨みつけている。



「けど、相手は中央庁の息のかかった連中だろ? ありゃ、さすがにマズいわさぁ」
「俺には中央庁だろうがなんだろうが関係ねぇ!」



扉を隔てた向こうでの、神田の仏頂面が目に浮かぶようだ。


神田が、自分のことで他のメンバーと喧嘩した。
その事実だけがアレンに重くのしかかる。


神田は酷く不器用で、自分のことなんて気にもしていないような事を言うくせに、
時折こうして胸が苦しくなるほどの過保護な一面を垣間見せる。
アレンにとってはそれが堪らなく嬉しいことでもあり、悲しいことでもあった。


はぁ…と、大きな溜息をついて、アレンは次の瞬間大きくドアをノックした。
そして返事があるか否や、明るい笑顔を満面に湛え部屋に入り込む。



「神田、ラビ、ただいまぁ!」
「おう、アレン!お帰りだわさ!」
「…………」



想像していた通り、神田はただ無言でアレンの顔を見つめている。
この場でラビがいなかったら、思い切り飛びついて、
ただいまのキスのひとつぐらいする所だが、生憎今はそんな雰囲気ではなさそうだ。



「神田、お帰りの一言もなしですか? 寂しいなぁ……」



ようやくアレンの顔を見て気持ちを切り替えようと想ったのか、神田が重い口を開く。



「無事でなによりだ」



見事に単調で無愛想な返事だった。 
それでも神田の性格から考えれば、凄い進歩だと思う。
わずかな挨拶でも、無性に嬉しくなってしまう自分が可笑しい。



「うん。ただいま!」



大きな返事と共に、アレンの腹時計も大きな返事を返す。



「うんわぁ〜、アレン相変わらずでっかい腹の虫を飼ってるさぁ?」
「腹へってんなら、早く飯を喰って来い!」
「へへ……そうですね。じゃ、話はまた後でゆっくりと」



照れ隠しに鼻の頭を指で掻いてみせる。
そして、空腹には勝てないと、アレンはすぐに踵を翻し、
手を軽く振りながら食堂へと向かった。
 

ジェリーに久しぶりの挨拶をし、いつもの2倍はある量をあっという間に平らげると
再び神田の部屋へと足を向ける。
 

ふと食堂の端に目をやると、3〜4人の教団メンバーが
何やらひそひそと小声で会話しているのが見えた。
いつもなら気にも留めずに通り過ぎるのだが、
その雰囲気がアレンにいつもと違う何かを感じさせる。



「……ったく偉そうに何だって言うんだ!」
「ちっとばかり腕が立つからって、エクソシスト如きが威張ってんじゃねぇ!」
「ルベリエ様に言いつけて、何とかしてもらおうぜ!」



それがさっきの神田たちの会話と直結した事で、
アレンにはこの話題の主たちが神田とやりあった相手だとすぐに判った。
彼らが神田に抱いているのは全くの逆恨みだとは承知している。
だが、このまま何らかの嫌がらせを受けて、
神田が嫌な思いをするのはもっと嫌だった。
アレンは今まで話したこともない団員に自ら近寄ると、にっこりと笑顔で話しかけた。



「はじめまして」
「えっ?」
「僕、アレン・ウォーカーです」
 


以前からそうだったが、アレンの笑顔には他人の悪意を削ぐ不思議な力がある。
目の前でその笑顔を思う存分注がれると、
今まで悪巧みの算段をしていた連中もあっけに取られてその視線をアレンに集中させた。



「今日は神田が失礼な事をしたみたいで、ごめんなさい」
 


真摯な態度で一言そういうと、ぺこりと頭を下げる。



「僕の容姿がこんなだからいけないんです。
 ほら、呪いを受けた左目なんて気持ち悪いの当たり前だし……」
 


と、額にかかる髪の毛を左手で上げてみせる。
そこにはくっきりと赤いペンタクルが標されていた。
見るからに毒々しいその印を見て、ぎょっとした様子で身体を後ろに退ける。



「この呪い、実は僕が恨みを抱いた相手にも伝染するんです。
 だから、この教団の中には、誰も僕や仲間に悪さをする人なんていないんですよね。
 だってほら、僕に恨まれたら、自分が呪われちゃうかもしれないでしょ?」



そう言って、神田に悪さをしたら承知しないぞという、暗黙のメッセージを投げかける。



「皆さんが僕のことを疑う気持ちも判ります。
 それでも、ボクはエクソシストで、この教団の一員です。
 その事実だけは、きっと永遠に変わりませんから……」



と笑って付け足す。
すると、今まで悪だくみをしようとしていた連中は、
明らかに顔をひきつらせて苦笑いをする。



「もちろんそうだよ。 誰もキミが敵だなんて思っちゃいない。
 それに、キミやお仲間に悪さしようなんて、同じ教団の仲間なんだからするわけないだろう?」
「そっ、そうだよ! ……なっ?」



そう互いの顔を見合せて相槌を打つと、
そそくさとその場を逃げるように去っていくのだった。









これで一安心だと胸を撫で下ろしたアレンだったが、
次の瞬間、アレンの顔に微かに暗い影がさした。



 ―――― 本当に……これでいい……?



自分の容姿のことを他人に悪く言われるのには慣れている。
だが、仲間に自分のことを少しでも疑われるのは凄く辛い。
おまけに万が一のことがあったとき、自分を殺してほしいなんていう惨いことを
皆に平気で言ってしまえる自分にも、もの凄く腹が立った。


神田だってそうだ。
『もしお前がノアの意識に占領されたら、そんときは遠慮なく殺してやる……』
そんな台詞を、彼が平気で言えるはずもない。
自分は何て酷い恋人なのだろうと、アレンは拳を強く握りしめた。



落ち込んで肩を落としていると、ふと背後に人の気配を感る。
アレンがそちらを振り向くと、そこには見覚えのある黒髪の女性が一人いた。



「……あれ? ミランダ……さん?」
「アっ、アレンくん、お久しぶり」
「はい、久しぶりですね? それより、どうかしたんですか?」
「……う、うん……アレンくん、何だか酷く落ち込んでるみたいに見えたから
 どうしたのかなって……。
 あ、あの、大きなお世話だったら、ごっ、ごめんなさいっ!」



他人の感情の起伏を一目で見て取れるのは、女性の特技というが、まんざら嘘でもないらしい。
ちょっと肩を落としていたぐらいでひどく落ち込んでいるとわかるのだから、
自分でもどうしようもないと思ってしまう。



「ミランダさんって、優しいんですね」
「やっ、優しいってっ、そんなっ」



慌てて頭を振りながら照れる彼女に、
アレンは今までささくれ立っていた感情が穏やかになるのを感じる。



「うん……ちょっとだけだけど、落ち込んでた……かな?」
「アレンくん……?」



少しだけ落ち込んでいるという様子には見えなかった。
アレンとミランダは、付き合いこそそんなに長くはないが、
彼女にとって、アレンは自分を地の底から掬い上げてくれた恩人…とでも言うのだろうか。
だからこそ、彼のことは陰ながら良く見ていたし、
普通の人よりは彼の色んな感情の変化を知っているつもりだった。


ミランダは目の前で佇むアレンの様子をじっと見詰めてから、ぽつりと呟く。
もし、今自分が使える力で彼の悩みを拭い去れるなら……そう思った。



「ねぇアレンくん……もしアレンくんが自分の過去をひとつだけやり直せるとしたら、どうする?」
「え?自分の過去を……やり直す?」
「うん。そう」



狐につままれたような顔をしたアレンに、ミランダ軽い笑みを浮かべながら話す。



「私ね、アレンくんのお陰でこうやってエクソシストとしてやって来れたの。
 今までは誰にも認められない、誰からも蔑まれる存在だったでしょ?
 正直、何度も死にたいって思ったわ。
 けど、死んだら痛いのかなとか、怖いなとか思うとそれすら出来なくて……。
 我ながら笑えるぐらい情けないのよ」



だから……。とミランダは続ける。
アレン君には感謝している。
幸せになって欲しいし、いつまでも笑い続けていて欲しい……と。
そのために自分のイノセンスが役に立つのならば、彼女は喜んでお役に立ちたいといった。



「けど……そんな都合のいいこと事が出来るんですか?」



アレンが半信半疑で問いかけると、ミランダはか弱い笑顔で静かに頷く。



「ええ、誰にも内緒なんだけど、するのはとても簡単なの。
 ただ、私が出来ることには限度があってね、
 その人の過去を修復できるのはたった一ケ所だけなのよ。
 だから問題の箇所を修正する事で生じた新しい問題は、私にはどうすることも出来ないの。
 それに、修復した事で生じる問題っていうのは、私にも全く想像できないから、
 過去をいじってその結果がもっと最悪のものにならないとも限らないわ?」



アレンはミランダの説明を聞きながら、目の前に差し出された条件にゴクリと生唾を飲み込んだ。


もしかしたら過去に自分が犯した過ちや災いを、今ここで正せるのかもしれない……。


だがそれはとてつもない賭けには変わらないわけで。
いくらアレンがポーカーや賭け事に強いとは言っても、それは所詮いかさまでのこと。
自分の過去には、いかさまも下手な小細工も通用しないのだ。
アレンは俯いて考えた。



「それでもいいっていうなら、私のイノセンスを貴方に使うことは可能よ?」 



今もしミランダにお願いして、あの頃に…マナに14番目の記憶を埋め込まれる前に戻れたなら。
マナをこの手にかける前に戻れたら……。
自分はこんなに酷い後悔をすることも、神田に迷惑をかけることもなくなるのだ。
 

大好きな神田にこれ以上迷惑をかけたくない。
マナをAKUMAにしてしまった罪の意識もさることながら、
今は神田に迷惑をかけたくない事の方が心の中を占めていた。



「もし……本当にそれができるなら……お願いしようかな?」



マナに呪われたこの目を、一生抱えていく決心をしていた。
老人のような白髪も、醜い傷も、誰に何を言われようと耐えていこうと思っていた。
自分の身に起こったすべてのことを、マナトいう存在と共に、
ずっと信じて受け止めて行こうと……。


だが、もしそれが本当に払拭できるなら。


アレンは目の前にぶら下げられた甘い誘惑に乗ってしまった。








「ええ、アレン君がそれを望むのなら喜んで。
 けど、もし万が一、過去を変えてしまったことで今よりも辛い現実に直面してしまって、
 それに耐え切れなくなったとしたら……その時は、これを使って?」



ミランダは優しく笑って、アレンに小さな銀時計を手渡した。



「この時計は私のイノセンスと連動しているの。
 万が一の時はその時計が何とかしてくれると思うわ。
 それと、このことは誰にも内緒よ?」
「うん……ありがとう、ミランダさん」



にこりと微笑を返すと、ミランダはアレンを彼女の部屋へと誘った。
そしてアレンに向けて自分の腕を掲げると、徐に己のイノセンスを発動させる。



「刻盤。イノセンス発動!対象空間を包囲……確定!
 これより私の発動停止まで秩序を亡失し、過去を回復します!」



ミランダのイノセンス発動と共に、アレンの身体を不思議な緑色の光が取り囲む。
 

そして、あっという間にその身体は空気中の粒子となり、過去へとタイムトラベルを始めたのだった。
 






アレンの心に刻み込まれた、懺悔の空間へと。











《あとがき》

いかがでしたか?

実は、この作品を書いた頃は、まだミランダとアレンが出会ったばかりの頃でした。
そういうわけで、今とは微妙に原作の設定条件が違うので;
申し訳ありませんが、設定を若干弄らせていただきました(;´∀`)

既に読まれている方は、「え?」という感じになっているかも知れません;

それに……。

昔の文章って……なんか、硬くて、痛すぎるぅ〜〜〜(*´Д`)=з
なので、かなり手直しをしながらUPしていこうと思います!

これからもまだまだ切ない二人の恋と
不思議な運命のいたずらは続きますw

これからも徐々にUPしていく予定ですので、
つづきも楽しみにしていらして下さいね〜ヽ(*'0'*)ツ






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